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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)372号 判決

控訴人 斎藤忠一

被控訴人 植村和吉

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人から控訴人に対する東京区裁判所昭和二十年(ユ)第八三号家屋明渡調停事件の調停調書につき、東京簡易裁判所が昭和二十七年八月十一日付与した執行力ある正本に基く原判決末尾添付目録記載の建物の部分に対する明渡の強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実並びに証拠の関係は、

控訴代理人において、被控訴人は東京簡易裁判所から本件執行文を受ける際、控訴人が訴外片岡英一の承継人であることの証明として、東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第二二三七号仮処分事件における昭和二十七年七月五日附の仮処分執行点検調書の謄本を添付提出しているが、右点検調書の記載によれば、控訴人は執行吏に対しその占有が以前よりあつて今現に裁判中の旨主張し、執行吏も亦その事実を認めているのであつて、この調書自体によつては控訴人が前記片岡英一の承継人であるとの事実証明を欠いているにも拘らず、東京簡易裁判所が漫然本件執行文を付与したのは違法であると主張し被控訴代理人において、右主張は理由がない。東京区裁判所昭和二十年(ユ)第八三号家屋明渡調停事件の調停成立当時本件建物の部分を占有していたのは前記片岡英一のみであつたと述べ〈立証省略〉た外、すべての原判決の事実の「部分」に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

按ずるに被控訴人を申立人とし、訴外鵜沢辰雄、同片岡英一外四名を相手方とする東京区裁判所昭和二十年(ユ)第八三号家屋明渡調停事件において、昭和二十一年五月二十一日右当事者間に控訴人主張の如き内容の調停が成立したこと、被控訴人が昭和二十七年八月十一日東京簡易裁判所において控訴人を、被控訴人所有の本件建物の二階一号室十五坪の部分を占有していた右片岡英一の承継人として、右調停調書の正本に控訴人に対する承継執行文の付与を受けたことは当事者間に争がない。

控訴人は昭和二十四年十月初旬頃被控訴人から右二階一号室のうち北端部約五坪を賃料一ケ月金千二百円、毎月末日払の約で期間の定めなく賃借したと主張するから按ずるに、原審証人小沢次郎の証言、原審における控訴本人斎藤忠一の供述及び成立に争のない甲第十八号証の三の記載中、控訴人の代理人小沢次郎が昭和二十四年十月頃直接被控訴人に面接し、賃料一ケ月金千二百円、三ケ年分前払の約束で前記二階一号室を訴外株式会社三進(又はその代表者石橋栄作)と共同で賃借使用する約束ができたとの部分は原審における被控訴本人植村和吉の尋問の結果と対照して措信し難く、他に控訴人が適法に右二階一号室の全部又は一部を賃借又は転借しているものと認めしめるに足る証拠がない。尤も原審における控訴本人斎藤忠一の供述によりその成立が認められる甲第一号ないし第十三号証、同十四号証の一ないし十四、原審証人小沢次郎の証言、原審における控訴本人斎藤忠一の供述によれば控訴人は昭和二十四年五月頃から訴外小沢次郎等とともに前記二階一号室を訴外株式会社三進(又はその代表者石橋栄作)、東信興業株式会社等と共同で使用し、右小沢次郎を編集兼印刷発行人として同年十二月頃から東京産業経済新報という新聞を発行していたことが認められるけれども、右事実だけでは控訴人が前記二階一号室をその主張の日時、その約定の下に適法に賃借したものとすることはできない。

而して成立に争のない乙第三号証、同第八号証、同第九号証の一、二、原本の存在並びに成立に争のない甲第十五号証、原審における被控訴本人植村和吉の尋問の結果並びにこれによりその成立が認められる乙第四号証によれば、本件調停の成立当時、本件二階一号室は訴外片岡英一が占有していたことが認められるけれども、当時他に同室を占有していた者があつたとの証拠は全く存在しないから、同室は当時右片岡英一の単独占有下にあつたものと認めざるを得ない。又成立に争のない甲第十八号証の三の記載及び原審における控訴本人斎藤忠一の供述によれば、控訴人は昭和二十四年五月頃(当時前記片岡英一は右二階一号室から退去していた。)から引続き同室を占有して現在に至つていることが明かである。従つて他に特段の事実の認められない本件においては、控訴人は前記片岡英一の承継人として右二階一号室十五坪を占有しているものというべきである。

なお、控訴人は、被控訴人が東京簡易裁判所から本件執行文を受ける際、控訴人が訴外片岡英一の承継人であることの証明として、東京地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第二二三七号仮処分事件における昭和二十七年七月五日付の仮処分執行点検調書の謄本を添付提出しているが、右点検調書の記載によれば、控訴人は執行吏に対しその占有が以前よりあつて今現に裁判中の旨主張し、執行吏も亦その事実を認めているのであつて、この調書自体によつては控訴人が前記片岡英一の承継人であるとの事実証明を欠いているにも拘らず、東京簡易裁判所が漫然本件執行文を付与したのは違法であると主張するけれども、右主張は執行文付与の形式的前提要件の欠缺すなわち執行文付与についての形式上の瑕疵を攻撃するものであつて、(民事訴訟法第五百二十二条により執行文付与に対する異議として右執行文を付与した裁判所書記官の所属する裁判所に申立をなすべきである。)本件の如く認められた承継の有無を争い、執行文付与についての実体的前提要件の欠缺を理由とする民事訴訟法第五百四十六条の執行文付与に対する異議の訴においては前記の如き執行文付与についての形式上の瑕疵を主張することは許されないものと解するを相当とするのみならず、本件執行文付与に際しての承継の証明として成立に争のない乙第三号証中の昭和二十七年七月五日附執行吏の点検調書の謄本(甲第十五号証原本の存在についても当事者間に争がない。)を以て必要にして且つ十分と考えられるから、この点に関する控訴人の主張は到底これを採用し難い。

以上説示のとおりであつて、本件異議は理由がないから控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきであり、従つてこれと帰結を一にする原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺葆 牧野威夫 野本泰)

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